保育園の個人懇談って、普通に話して終わるものだと思っていました。
少なくとも私はそう思っていました。
思いがけない方向への話
連絡帳にちらっと書かれることはあっても、私自身あまり深刻に考えていませんでした。
だから懇談もいつも通り終わると思っていたんです。
でも話が始まると、子どものいい点を触れてくれた後に、気になる行動の話になりました。
・友達のおもちゃを横から取ったり隠したりすることがある
・人との距離感が掴めず、急にハグをして友達が驚くことがある
・1人で身支度ができず、保育士の介助が必要
・周りの子と一緒に遊ばず、1人でいることが多い
そして「保育園でも声かけの仕方を迷っているので、
発達相談の窓口に一度話を聞きに行ってみてはどうでしょう」と言われました。
思わぬ方向への話に、何も言葉が出てきませんでした。
悲しみの気持ちが湧いてきて、涙こそ我慢しましたが、話している声は震えていたと思います。
頭の中でぐるぐると色んな感情が
帰り道、色んな感情が駆け巡りました。
今まで先生と話したり、連絡帳でやりとりしていた何気ないエピソードも、
先生は子どものことをどんなふうにとらえて書いたり話したりしていたんだろう。
私が気づいていなかっただけで、私から見えている子どもと周りから見えている子どもには乖離があったのかもしれない。
そして「発達相談を勧められた=この園から退園してほしい、迷惑ということなのかな」と思って、
余計に悲しくなりました。
家に帰ってからは、今まで保育園で指摘された行動に対して何もしていなかった自分を責めたり、
伝えても理解してくれていなさそうな子どもにきつくあたってしまったり。
子どものどの行動も問題行動なのかな…と考えてしまって、
毎日を楽しんで過ごすことができなくなりました。
楽しいエピソードを連絡帳に書くのが好きだったのに、
その内容も先生にどう思われるか不安で書けなくなりました。
夫の言葉に救われた
気持ちの整理ができないまま、泣きながら夫に話しました。
「俺はそこまで気にすることではないと思うけど」
親というフィルターが入っているかもしれない。
でもその言葉が、初めてお世辞ではない味方がいた気がして救われました。
と同時に、うまく向き合えていなかった自分に対して、やるせなさも感じました。
自分の関わり方を見直すきっかけに
落ち込みながらも、色々と考えて調べていくうちに気づいたことがありました。
私自身、子どもを育てていくにあたって、
日々の生活の中で子ども自身が自然に学んでいくものだと思っていました。
でも実際は、人との距離感や身支度の流れなど、
言葉だけでは伝わりにくいことがたくさんあったんだと気づきました。
あの懇談は苦しかったけれど、自分の関わり方を見直す大切なきっかけになりました。
具体的に取り組んだことや子どもの変化については、後編で書いていきます。
